【書評】島薗進先生「宗教の名著巡礼──正田倫顕『ゴッホと〈聖なるもの〉』」(3)
2026/05/07
宗教学の大斗・島薗進先生(東京大学名誉教授)による正田倫顕著『ゴッホと〈聖なるもの〉』(新教出版社)の書評が公にされました。
「宗教の名著巡礼」という連載で、「ゴッホ作品はなぜ見る者の心をつかみ揺さぶるのか(3)──正田倫顕『ゴッホと〈聖なるもの〉』新教出版社、2017年──」と題して、ご論考の第三回目を執筆されています。
正田倫顕先生のゴッホ研究に触発され、島薗進先生の思索はゴッホと宮澤賢治との関係へと広がっていきます。大変読み応えのある論究ですので、是非ご覧下さい!
→島薗進先生「宗教の名著巡礼」
島薗進先生「宗教の名著巡礼」
以下にその一部を引用させて頂きます。
「前回、画家ゴッホの父との関係、そして父と教会と農民に対するこだわりの深い作品に注目し、正田氏の解説に学びながら次のように述べた。
経済的に父親に依存し、父を引き継ぐことを目指したことがあったが、それを拒む決断をした息子である。しかもそこに宗教に対する深い思いが絡んでいたという点で、宗教に関心がある日本の読者なら宮沢賢治を思い起こすかもしれない。
確かにゴッホと賢治には並行するものがある。私はそのようなおおまかな着眼に基づいて以上のようなことを述べた。それはかなり直観的なものだったが、その後、宮沢賢治とゴッホの関わりについて少し調べてみると、実際、賢治のゴッホへの関心はかなり深いものであることが見えてきた。………今回は、正田氏の著書の紹介を軸としたこの連載の本筋からやや寄り道になるが、ゴッホと賢治について述べていくことにしたい。ただ、『ゴッホと〈聖なるもの〉』という主題からはあまりそれていかないはずである」。
正田倫顕『ゴッホと〈聖なるもの〉』、『ゴッホの宇宙』
「宮沢賢治がゴッホの名前を記しているのは、短歌作品においてだ。これはこれまでも多くの人が注目してきたことである。1919年頃の短歌作品にはっきりゴッホの名前が出てくる。
[ゴオホサイプレスの歌]
サイプレス/忿りは燃えて/天雲のうづ巻をさへ灼かんとすなり
天雲の/わめきの中に湧きいでて/いらだち燃ゆる/サイプレスかも (『宮沢賢治全集』3、ちくま文庫、222-223ページ)
「サイプレス」は糸杉である。ゴッホの糸杉を描いた作品はいくつかあるが、まず思い起こすのは「星月夜」と名づけられている美しくなぜか心を揺さぶられる作品だ。だが、明治末から大正前期において、ゴッホ作品を日本で直接見ることはできず、複製はもちろんカラーの印刷物として見ることも容易ではなかったようだ」。
「ゴッホを日本に紹介した早い例は森鴎外で1910(明治43)年だが、その年に創刊された『白樺』系の教養青年たちは1911年には、ゴッホについて強い関心を寄せる記事を掲載し始める。武者小路実篤、柳宗悦、岸田劉生、児島喜久雄らだ。その際、とくに注目されたゴッホ作品が「星月夜」だった」。
ゴッホ《星月夜》
「宮沢賢治がゴッホから受け取ったものも、………時代の潮流を反映しているのは確かだろう。だが、賢治は自分なりのゴッホ理解、「糸杉」理解を示している。まず、『春と修羅』のなかの「糸杉」を見てみよう。「春と修羅(mental sketch modified)」という詩篇(『宮沢賢治全集』1、ちくま文庫、29-32ページ)では、「ZYPRESSEN」という語が3回用いられている。これは「糸杉」のドイツ語で「ツィプレッセン」と発音するのがよいのだろうか」。
「この「ZYPRESSEN」は明らかに自然の景観に触発されたものだ。では、何を指しているのか。これは「ひのき」ではないだろうか。「ひのき」の英語は「Japanese Cypress」であるが、この英語をそのまま日本語訳すれば「日本のサイプレス」「日本糸杉」である。賢治はゴッホの糸杉を岩手県の身近にあるひのきに重ね合わせていたのではないだろうか」。
「「ひのきの歌」と数年後の「春と修羅」の「ZYPRESSENN」をあわせ考えると、賢治は岩手県の野原や高原に接するひのき=日本糸杉に自分を重ね合わせ、心の内に渦巻く暗いものを「修羅」とか「わるひのき」という言葉で表出していた。だが、それはゴッホの「星月夜」の糸杉と同じように、天に向かい星になることを志向するような何かでもあったようだ。
燃えながら天に飛翔して星になるという幻影は「よだかの星」、「なめとこ山の熊」、「銀河鉄道の夜」などの賢治作品に度々出てくるものだ。『銀河鉄道の夜』ではジョバンニが次のような言葉を発している。
僕はもうあのさそりのやうにほんとうにみんなの幸のためならば僕のからだなんか 百ぺん灼いてもかまはない(『宮沢賢治全集』7、ちくま文庫、192ページ)」。
ゴッホ《星月夜》、《糸杉》、《糸杉のある道》
「今回、見てきたゴッホの糸杉と結びつけて捉えると、糸杉は暗いものを抱え込みながら燃えるように天に向かっていく存在であり、賢治はある時期、菩薩をそのように捉えていたらしいということである」。
「自らが描いた糸杉が、仏教の影響が濃い東方の国でこのような表象を生み出す誘い水になったのを知ったとしたら、ゴッホはどう思っただろうか。糸杉を描いた「星月夜」をはじめとする作品の多くは、遠景に尖塔をもった小さなキリスト教会が描かれている。遠景に去った伝統的宗教と、そこでは軽んじられてしまった本来的な宗教性との対比がなされているように感じられる。
このゴッホの描いた糸杉は1910年代に『白樺』に希望を見出したような日本の若者たちを鼓舞した。それは宗教にかわって、芸術によって自らの足で立ち天にまで届くような精神的渇望を満たすものと感じられたからだろう。しかし、宮沢賢治の場合、それは大地に根を張るもので、法華経の「地涌の菩薩」を連想させるものだったかもしれない。また、修羅とも「わるひのき」とよばれるような悪や死とも結びつく要素が顕著だ。
ゴッホの糸杉が死と結びつくものであることは正田倫顕氏の『ゴッホの宇宙』(教文館、2025年)でも論じられている。この書物には、ゴッホ作品が表す聖性を「大地性」という言葉で捉えようとしている第一章「《馬鈴薯を食べる人たち》――存在の大地」もあるが、以下の引用は第三章「《星月夜》の宇宙」からである。
ヨーロッパ美術において一般に、糸杉は死を象徴するモチーフである。たとえばベックリン(A. Böcklin, 1827-1901)の《死の島》においても、糸杉は暗く沈んだ雰囲気を纏っている。この木は墓に植えられることが多いので、死のイメージとの結びつきが強いのだ。だがそもそも何故墓の木になったのかというと、常緑で長生きすることが永遠のいのちや不死を連想させたからであった。つまり糸杉には死だけでなく、実は生のコノテーションもある。生と死の両犠牲を帯ているのだ。《星月夜》において、この木は地上と天上を結びつけている。ゴッホは人間は死後に星に行くと考えていたが、あのファンタジーとのつながりも確かめられるだろう。(155-156ページ)
「死後に星に行く」というモチーフは、「よだかの星」や「なめとこ山の熊」や「銀河鉄道の夜」に見られ、宮沢賢治のイマジネーションのもっとも神秘的で本質的な要素の一つといってもよいだろう。そのモチーフがゴッホを通して身についたものなのかもしれないのだ」。
是非、島薗先生のご論考の全文をお読み下さい! →島薗進先生「宗教の名著巡礼」
島薗 進先生
1948年生まれ。東京大学名誉教授。東京大学大学院人文社会系研究科教授、上智大学大学院実践宗教学研究科教授、同大学グリーフケア研究所所長を経て、現在、NPO法人東京自由大学学長。NHK「こころの時代」、「こころをよむ」など出演多数。
著書に『現代宗教の可能性』『スピリチュアリティの興隆』『日本仏教の社会倫理』『戦後日本と国家神道』(岩波書店)、『新宗教を問う』『宗教学の名著30』(筑摩書房)、『ポストモダンの新宗教』『精神世界のゆくえ』(法藏館)、『現代救済宗教論』(青弓社)、『明治大帝の誕生』(春秋社)、『宗教を物語でほどく アンデルセンから遠藤周作へ』『宗教のきほん なぜ「救い」を求めるのか』『死に向き合って生きる』(NHK出版)など多数。
島薗進先生