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【書評】島薗進先生「宗教の名著巡礼──正田倫顕『ゴッホと〈聖なるもの〉』」(2)

2026/03/11

 宗教学の大斗・島薗進先生(東京大学名誉教授)による正田倫顕著『ゴッホと〈聖なるもの〉』(新教出版社)の書評が公にされました。
 「宗教の名著巡礼」という連載で、「ゴッホ作品はなぜ見る者の心をつかみ揺さぶるのか(2)──正田倫顕『ゴッホと〈聖なるもの〉』新教出版社、2017年──」と題して、ご論考の第二回目を執筆されています。是非お読み下さい!
島薗進先生「宗教の名著巡礼」

島薗進先生「宗教の名著巡礼」

島薗進先生「宗教の名著巡礼」

 以下にその一部を引用させて頂きます。
 「正田倫顕氏のゴッホをめぐる2つの著書について、この本がなぜ私の心に響くものを持っており、ゴッホの絵画作品を見る目を更新してくれたのかを示そうとしてこの連載文を書いている。現代における宗教と芸術という観点、芸術作品におけるスピリチュアリティや悲嘆の表現という観点から、正田氏のゴッホ作品解釈に学ぶ」。

正田倫顕『ゴッホと〈聖なるもの〉』、『ゴッホの宇宙』

正田倫顕『ゴッホと〈聖なるもの〉』、『ゴッホの宇宙』

 「『ゴッホと〈聖なるもの〉』第一章「キリスト教との関わり」では、伝記的事実と作品手紙とを照らし合わせながら、教会や制度としてのキリスト教の現状厳しい眼差しを向けるゴッホが、にもかかわらず絵画を通して、ますます宗教性を表現することに深くコミットして行ったことが述べられている」。

 「正田氏は教会を描いた作品を取り上げている。………正田氏は『古い塔』の教会について、『この教会は人々の生活に密着し、長年彼らを支えてきた存在として捉えられている。その精神的支柱が今まさに崩壊しようとしている。ゴッホはこれを歴史的事件と言わんばかりに、懸命に躍起になって描き留めている』と述べている(
46ページ、以下、ページ数は『ゴッホと〈聖なるもの〉』からのものだ)」。


 「厳しいキリスト教批判だが、一方でキリスト教や教会をまったく捨て去って顧みないわけではない。亡くなる寸前までもゴッホ作品には、遠景に教会の塔が見えるものがある。生命力あふれる糸杉が描かれている《星月夜》という作品(1889年)にも、遠景に小さく、しかし高い尖塔のある教会が描かれている」。

ゴッホ《農民の墓地》

ゴッホ《農民の墓地》

 「ゴッホと牧師館の主である父との心の深い部分での葛藤があったと考えざるをえない。正田氏は前回に紹介した《開かれた聖書のある静物》について、『この絵の基層には、父とゴッホの葛藤がある』と示唆している(39ページ)。………そのような葛藤の反映は少し後の時期の教会を描いた作品群にも引き継がれているようだ。経済的に父親に依存し、父を引き継ぐことを目指したことがあったが、それを拒む決断をした息子である。しかもそこに宗教に対する深い思いが絡んでいたという点で、宗教に関心がある日本の読者なら宮沢賢治を思い起こすかもしれない」。

 「ゴッホは父との死別、母や他の家族との別離を経験する。その中でキリスト教会との別れも決定的となる。正田氏はこれを『取り返しのつかない喪失体験』であり、絵画作品はそれに伴う『喪の作業』の現れだと捉えている。『古い塔』や農民墓地や『牧師館』を描いた作品は、挽歌とよぶこともできるかもしれない。
 それは父と教会のキリスト教への挽歌であるが、その対象は牧師や伝道者であろうとして苦しんできたゴッホ自身でもあると正田氏は捉えている」。

 「『古い塔』の心象は尊いものの喪失という悲しみのモチーフとつながっており、売春婦シーンを描いた《悲しみ》《開かれた聖書のある静物》とも連続的なものと見ても良いのかもしれない」。

ゴッホ《オーヴェールの教会》

ゴッホ《オーヴェールの教会》

 「正田氏の導きに従って、さらに時期の異なる2つの教会を描いた作品を見てみたい。………オーヴェール・シュル・オワーズ聖母被昇天教会を描いた《オーヴェールの教会》とよばれている作品だ。………正田氏はさらに進んでユニークな解釈を押し進める。農婦こそが生命力の中心として描かれ、教会は権威を失い、崩壊に近づいており、人を寄せ付けず、孤立したまま佇んでいる。『いつの間にか形骸化した遺物になってしまったのだ。だが教会の時計盤は農婦の方に向けられ、眼のように彼女を見守っているようでもある。教会はくずおれ滅ぶことで、より大きな生主役の座を明け渡そうとしているように見える』(同前)」。

 「さらに、正田氏は『滅びの聖性』に論究する。『人間の幸福や救いを実現したいという元来の想いとは裏腹に、何もできずに哀れに滅ぶしかない。しかし矛盾と軋みを一身に体現した教会はそのことで逆に聖なる磁場を発散する。なぜなら最も惨めで最も見窄らしいものが、最も高貴なメッセージを全身で発しているのだから』(
73ページ)」。


 「ゴッホの生涯の概要とゴッホのキリスト教との関係を論じたこの第一章を丁寧に読んでこそ、正田氏のゴッホ論核心的な部分に近づきやすくなる」。

 是非、島薗先生のご論考の全文をお読み下さい! 
島薗進先生「宗教の名著巡礼」

島薗 進先生
1948年生まれ。東京大学名誉教授。東京大学大学院人文社会系研究科教授、上智大学大学院実践宗教学研究科教授、同大学グリーフケア研究所所長を経て、現在、NPO法人東京自由大学学長。NHK「こころの時代」、「こころをよむ」など出演多数。

著書に『現代宗教の可能性』『スピリチュアリティの興隆』『日本仏教の社会倫理』『戦後日本と国家神道』(岩波書店)、『新宗教を問う』『宗教学の名著30』(筑摩書房)、『ポストモダンの新宗教』『精神世界のゆくえ』(法藏館)、『現代救済宗教論』(青弓社)、『明治大帝の誕生』(春秋社)、『宗教を物語でほどく アンデルセンから遠藤周作へ』『宗教のきほん なぜ「救い」を求めるのか』『死に向き合って生きる』(NHK出版)など多数。

 

島薗進先生

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