尚絅学院大学

心理学専攻 お知らせ

話すことの目的、語ることの役割、語り直すことの意味 [心理学専攻 准教授 池田和浩]

2015/06/18

 ここでは、私の近年の研究成果を、最新の調査結果を踏まえて少しだけご紹介することで、なぜ人はこうもいろんな場面で同じことを語るのか、という疑問を考察してみたいと思います。

 さて、私たちの多くは、毎日の生活の中で会話する機会に恵まれています。友達と、両親と、兄弟と、先生と、同僚と、初対面の人と、いろんな状況で様々な物事をお話しているはずです。なかには、昨日見たテレビの番組のように一度きりのネタとして会話に使われるものもあれば、失敗談のように繰り返し会話のネタとして使われる題材もあるのではないでしょうか。過去の研究から分かっていることとしては、繰り返し話題として用いられる出来事は、一度きりの話題に比べて、より古い出来事で、強い感情を伴う出来事であることが多いようです(Marsh & Tversky, 2004)。つまり、自分にとって重要な体験の記憶であるといえます。このような記憶は、専門的には、自伝的記憶といわれます。

 ところで、繰り返し話題に用いられる出来事は、どのような形で聞き手に披露されるでしょうか。たとえば、面白おかしく、または、お涙頂戴といった、ある程度決まった話し方で語られることが多いと思います。また、もともとは思い出すのも辛い出来事だったのに、なぜか今は笑いのネタとして何度も使われるなど、出来事の捉え方を変化させて語られることもあるでしょう。それでは我々は、どのような目的を達成するために、繰り返し一つの話題を語り直すのでしょうか。私は、この問題を検証するために、次の4つの語り直しの方法が、日々の生活の中で、どのような目的のために使用させるのかを調査しました。



1)ポジティブ反復:過去に起きたポジティブな出来事をポジティブに何度も繰り返し語る目的
2)ネガティブ変化:過去に起きたポジティブな出来事をネガティブに何度も繰り返し語る目的
3)ネガティブ反復:過去に起きたネガティブな出来事をネガティブに何度も繰り返し語る目的
4)ポジティブ変化:過去に起きたネガティブな出来事をポジティブに何度も繰り返し語る目的

 調査の結果から、語り直しの方法ごとに、語りの目的が大きく異なることが確認されました。こまごました分析方法や、分析結果については、尚絅学院大学紀要69号「何のために語り直すのか?:転換的語り直しの目的に関する言語分析」を確認してほしいのですが、簡単にまとめると、下図のとおりになります。
 
 ポジティブ反復とネガティブ反復方略は、自分一人のためというより、他者と感情的共有を図るときに使用されることが多いようです。たとえば、ポジティブ反復方略は、人と楽しさを共有し親密性を発展させるときに役立っているのでしょう。また、ネガティブ反復は、人に辛さを共感してもらうことで他者との結びつきを強化する機能が備わっているようです。一方で、ポジティブ変化方略は、辛い過去から立ち直ることや前向きに変わることを目的として語られることが多く、感情から解放され、自分の未来を方向付けるための機能を持っていることが推測されます。

 こうしてみると、私たちは目的に合わせて語り方をずいぶん変化させているのがわかると思います。話しても心のなかでしっくりこないなぁ、と感じている場合、目的と語り方があっていないのかもしれません。目線を変えて、少し話し方を変えてみるのはいかがでしょうか?心のもやもやが、意外にスッキリするかもしれませんよ?(池田和浩)