【国際交流リレーエッセイ 第76回】 東北の地で見つけた、もう一人のわたし
2026/02/12
国際交流リレーエッセイ第76回目は、中国の浙江越秀外国語学院からの交換留学生として1年間本学で学んだホ シュウエンさんによる国際交流エッセイを紹介します。
―仙台・尚絅学院大学での留学生活―
日本に留学すると決めた時、頭に浮かんだのは東京の眩しいネオンか、京都の古びた社寺だった。しかし、運命が私を導いた先は、東北地方の中心・宮城県仙台市の南、名取市の北西部の静かな住宅街にある尚絅学院大学だった。私の留学生活は、思いがけないこの地で穏やかでありながら深遠な日々として刻まれていくことになる。
仙台に降り立ったのは、まだ肌寒い四月の初旬だった。香港からの飛行機を降り、広瀬川のせせらぎと緑豊かな定禅寺通のケヤキ並木を見た瞬間、都会の喧騒とは全く異なる「杜の都」と呼ばれるゆるやかで風格のある空気に包まれた。仙台は、確かに大都市ではあるが、歩いてみるとどこか人の温もりを感じる。豪華絢爛な七夕祭り、牛タンの炭火の香り、伊達政宗公の歴史が隅々に息づく街並み。この街は、伝統と現代、自然と都市が見事に調和していた。
尚絅学院大学 ―少人数の温もりと「共に生きる」の教育―
大学は名取市の静かな一角にあった。「尚絅」の名は、漢籍『中庸』の一節「衣錦尚絅」(錦の着物の上に質素な麻の打ち掛けをまといつつましく被う)から来ており、端正で落ち着いたキャンパスは、その精神を体現しているようだった。ここが私の学びの場である尚絅学院大学だ。私が特に魅力を感じたのは、何よりもその少人数教育だった。講義では、先生が一人一人の名前を覚え、意見を求め、丁寧に応えてくださった。特に「異文化交流」のクラスでは、留学生の私の視点が常に尊重され、日本の学生と「食文化の比較」について熱いディスカッションを交わしたこともあった。意見が違うことを恐れず、お互いの考えを深め合える環境は、私にとって何よりの刺激だった。 また、尚絅学院大学の掲げる「共に生きる」という建学の精神は、単なる標語ではなく、日常に息づいていた。国際交流チームSIPSの皆さんにいつも学業・生活の両方で関心をもらって、いいコミュニケーションが取ることができる。
生活の中での気づきと成長 ―地域交流―
留学生活は、教室の中だけではない。仙台からバスに揺られて約2時間で、窓の外にはやがて、三陸の複雑なリアス式海岸と、深く青い太平洋が広がっている。気仙沼に降り立ってまず感じたのは、潮の香りと共に漂う、どこか凛とした空気だった。この町は、言うまでもなく東日本大震災で壊滅的な被害を受けた地の一つである。震災遺構として保存されている「気仙沼向洋高等学校旧校舎」を目の当たりにした時、津波の凄まじい力と、そこで奪われた尊い命の重さに言葉を失った。しかし同時に、この町が「再生」そのものを生きていることも、肌で感じた。 大谷海岸では、活気あふれる市場が開かれ、特産のフカヒレスープカレーの看板が目を引く。獲れたてのサンマやカツオが並び、漁師たちの闊達な声が飛び交う。震災で大きな打撃を受けた水産業が、新たな商品開発と不屈の努力で甦ろうとするエネルギーが、ここには満ちていた。また、南三陸のさんさん商店街などの復興商業施設では、地元の女性たちが笑顔で海産物や工芸品を売り、訪れる人をもてなしていた。悲しみの記憶と、前を見て歩む生命力が、東北の地では決して矛盾せずに共存している。それは、ただ観光する者にさえ、深い感銘と敬意を抱かせるものだった。
季節の移ろいと、私の中の変化
東北の四季は鮮やかだった。春は大学近くの閖上地区で桜を見た。海風に揺れる桜は、どこか力強く、復興への希望を静かに語っているようだった。夏は仙台七夕祭りで街中が色とりどりの飾りで埋め尽くされ、その熱気に圧倒された。秋は魯迅先生の記念碑が立つ東北大学片平キャンパスが紅葉に染まり、学問の歴史の重みを感じた。冬は初めて迎える本格的な雪に驚き、友達と雪合戦をしてはしゃいだ。四季とともに、私の中の「留学生」という硬い殻が少しずつ剥がれ、この地で「生活する一人の人間」としての感覚が育っていった。
困難と、それを越えて得たもの
もちろん、すべてが順風だったわけではない。言葉の壁は思った以上に高く、特に方言や早口の会話には何度も悔しい思いをした。また、日本の「空気を読む」文化や、集団の中での自分の振る舞い方には、時にとまどい、孤独を感じることもあった。特に年末年始など、家族が恋しくなり、一人部屋で涙した夜も何度かあった。しかし、それらの困難は、周りの人々の支えと、自分自身の「もう一歩踏み出してみよう」という気持ちで乗り越えることができた。アドバイザーの先生が論文の相談に乗ってくださり、アルバイト先のお客さんがゆっくり話しかけてくれた。小さな成功体験の積み重ねが、自信へと変わっていった。震災の話を聞き、自分の悩みが小さなことに思え、もっと広い視野を持たなくてはと奮起した。
仙台・名取で見つけたもの
振り返れば、尚絅学院大学での一年間は、私にとって「もう一人の自分」を発見する旅だった。ここでは、効率と競争だけがすべてではない、人と人とのつながりを大切にした、深くて温かな学びと生活があった。仙台という街の包容力と、尚絅学院大学のきめ細やかな教育が、留学生の私をしっかりと受け止め、成長させてくれた。
今、卒業を目前に、私はこの東北の地で得たもの、専門的な知識以上に、異文化を理解する柔軟な心、困難に直面しても諦めない強さ、そして何よりも、国境を越えて築いたかけがえのない人の縁を胸に、新たなステップを踏み出そうとしている。仙台のケヤキ並木のように、深く根を張り、空へと枝を広げるような人間になりたい。この留学体験は、単なる「日本での思い出」ではなく、これからの私の人生を支える、確かな礎となった。尚絅学院大学と仙台・名取で過ごした日々に、心からの感謝を込めて。