尚絅学院大学

尚研|Show KEN

尚研Vol.8 放射能研究を前進させる:総合人間科学系理工・自然部門 教授 齊藤 敬

山形県出身。明治大学(理工学部工業化学科)卒業後、同大大学院理工学研究科工業化学専攻・放射化学研究室を修了。

一般企業へ就職し、半導体関連事業の開発職に就任。退職後、明治大学大学院博士後期課程を修了。

その後、日本大学にて助手を4年、大阪大学にて特任研究員と講師を各2年経験し、2012年より尚絅学院大学に勤務。教授。博士(工学)。

日本放射化学会、日本温泉科学会、日本地球化学会所属。

研究テーマ

  1. 東京電力福島第一原子力発電所の事故に伴う土壌等の放射能汚染の測定とモニタリング
  2. 環境中の放射能の測定方法の開発(温泉沈殿物の放射能の測定/3Dプリンタを利用した放射線測定線源の開発)

今後取り組みたいテーマ,興味など

  1. 放射線教育

主な学外活動

  1. 放射線取扱主任者講師
  2. 日本原子力文化財団講師

地球の起源を突き止めたのも、放射能研究の賜物

東日本大震災によって、「放射能」という言葉と“見えない恐怖”が日本中を駆け巡った。しかし、現在も、「放射線」と「放射能」の意味の違いを正しく認識している国民は決して多くないはずだ。「放射線」とは、放射線を出す能力をもつ「放射性物質」から発せられるもので、懐中電灯に例えると、「光」に相当する。「放射能」とは、「放射線」を出す能力のことを指し、懐中電灯でいうならば、「光の強さ」に当たる。工学博士の齊藤氏は、正しい理解がなされないがゆえに、「放射能は怖い」というイメージが広まっていることを危惧する一人だ。「必要以上に怖がる人が減るように」「正しく理解し、正しく扱ってほしい」という思いから環境放射能についての研究を進める傍ら、今後は放射線教育に取り組みたいと話す。

齊藤氏の専門分野は、環境放射能と地球化学。研究者を目指したきっかけは、大学で放射化学研究室に配属されたことだった。「その研究室は、環境放射能について研究する、当時としてはめずらしい研究室だったんです。実は放射性物質は、壊変することで、時間の情報を与えてくれます。つまり、放射性物質を調べることで、土や岩の年代を測ることができるのです。湖や川の水が、どれくらい前からあるのかも測定できますし、そもそも地球が46億年前に誕生したということがわかったのも、放射能研究の発展によるもの。私はこの“年代測定”にも興味があり、修士課程で書いた論文で賞をいただいたことで決心し、一度就職した会社を退職して、博士課程に進学しました」

福島の子どもたちが、安心して外で遊べるように

齊藤氏が現在進めている研究は2つ。「東京電力福島第一原子力発電所の事故に伴う土壌等の放射能汚染の測定とモニタリング」と「環境中の放射能の測定方法の開発」だ。

モニタリングでは、具体的に「富士山と伊豆諸島に降下した放射性セシウムの測定」を実施。発電所事故により大気中に放出された放射性核種を含んだ気塊の移動・沈降に関する情報を三次元的に測定し、放射性物質の拡散について推定することを目的としている。平面および高さの情報を包含したかたちでサンプリング、放射能測定を行うことで、従来の測定では得られなかった情報を、知ることができるようになったという。齊藤氏が実際に富士山に登りサンプリング、放射能測定をしたところ、高度2500m以上には、放射性セシウムがほとんど到達していないこともつきとめた。

東京電力福島第一原子力発電所に関わる研究では、もうひとつ、「放射性物質によって汚染された幼稚園・保育園の環境の回復に向けた研究」にも取り組んでいる。2013年度から、尚絅学院大学の子ども学科の教員とともに、宮城県・福島県内の幼稚園・保育園の土壌と、繁茂している植物中の放射性セシウム濃度を測定し、子どもたちが屋外活動でこれらの土壌・植物にふれたり、仮に口にしたりしても問題がないかどうかを調べるものだ。調査結果は保育者および保護者にフィードバックすることで、安全な保育の再開を目標に、環境整備と情報共有を行っている。「特に福島県では、現在も屋外活動を制限している保育施設が少なくありません。近年では当たり前になっている、園庭で野菜を育てて食べるという食育も、特定エリアでは行えない状況が続いています。保育者や保護者の方の不安を取り除く意味でも、土壌および植物の放射性セシウム濃度を測定し、また、測定方法を保育者に伝えて定期的に測ってもらうことで、保育の安心につながればと思います」

放射能測定の新しい方法を研究、普及を目指す

環境中の放射能測定方法の開発においては、明治大学在学中から継続している「玉川温泉の温泉沈殿物中の放射能の測定」と「3Dプリンタを利用した放射線測定線源の開発」に取り組む。「日本の放射能の研究は、温泉から始まったという話もあるほど、温泉と放射能は密接に結びついています。秋田県・玉川温泉には、世界中で2箇所でしか生成されないという特殊な鉱物・北投石がありまして。この北投石と、湯の花中の放射能を測定して、沈殿物の核種同定、年代測定、結晶成長速度を調査しています。さらに、電子顕微鏡や、放射線に高感度で反応する特殊なフィルムである『イメージングプレート』を利用した観察によって、産地同定などの情報を得たいと思っています。この研究が進むと、水の起源や年代を推定できるようになるはずです」

齊藤氏が、「尚絅学院大学に来なかったら取り組んでいなかったと思う」と話すのが、3Dプリンタを利用した研究だ。「3Dプリンタを使った放射能測定方法を検討している時、たまたま同じフロアの研究室の先生が持っていて、快く貸し出してくださったのがはじまりでした。この開発が進めば、放射化学の分野にとどまらず、医学、地学、考古学、農学などの分野で、放射能の高精度測定方のひとつとして広く普及するのではと、期待しています」

大阪大学で勤務していた2011年当時から、「東北のために何かしたい」と思い続けてきた齊藤氏。出身地・山形を含む東北を中心に東京で放射線取扱主任者として講師活動を行うなど、幅広く活動している。「縁があって放射化学に出会い、現在も研究者として研究を続けています。一度就職していた時に得たスキルが教員として生きることもあり、いつ、どんな時に、どんなことが役立つかわからないと日々感じています。教員としては、このことを学生たちに伝えたいですね。無駄に思えることでも、無駄はない。興味がないことでも勉強して、正しい知識を得ることで、物事を正しく判断できるようになってもらえたらと思います」

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