尚絅学院大学

学校教育学類 お知らせ

【学校教育学類】 唐詩一題:夕映えの美しさ (田中)

2021/05/08

唐詩一題:夕映えの美しさ
                                                 田中和夫
 

 西安市(陝西省の省都、古くは唐の都長安)の東に楽遊原という高台があります。ここに登れば、都長安全体が眺められ、眺望絶佳。所謂「登眺の美」を誇る所でもありました。晩唐の詩人李商隱はある夕暮れ時、この高台まで車を馳せて、あざやかな夕映えに心慰められています。
 

楽遊原

晩に向かって意適わず
車を馳せて古原に登る
夕陽 無限に好し
只是[ひたすら]黄昏に近づく



 楽遊原の一部分は唐の長安城外郭の東側の城壁内まで続いており、その高所には嘗て青龍寺というお寺が建っていました(現代の発掘調査によれば当時の新昌坊内)。この寺は日本真言宗の開祖、空海が惠果法師から法を伝えられたところ。日本人、特に仏者にとっては忘れがたい聖地でもあります。1980年代、日中両国の協力によって記念碑・記念堂が建てられました(宗教活動は行われていないようです)。
 

 楽遊原上からの夕陽と限らなくとも、夕陽の沈んでいく光景に息を呑むような感動を味わったことのある人は少なくないはずです。
 

 アルプスの少女ハイジは山の牧場で見た「大きな雪原のある山の話」をおじいさんにして、「その山が火のように燃え、それからバラ色に変わり、おしまいに急に灰色になって消えたことを」話した。(ハイジは)「一日じゅうのなにもかもが楽しかったこと、とりわけ夕方になって山やまが燃えだしてすばらしかったことを話」すと、おじいさんは「おてんとさまが山におやすみを言うときにはな、いちばんきれいな光を、その山に投げるんだよ。また次の日の朝にやってくるまで山たちに忘れてもらいたくないからさ」とこたえます(シュピーリ作・植田敏郎訳『アルプスの少女ハイジ』春陽堂少年少女文庫)。
 

 アルプスの山々の夕映えを見たことの無い者にも、時々刻々変化していく返照、山々が燃え出すようなその美しさを想像させてくれます。
 

 ただ、美しさ・すばらしさに対して、強いてそのわけを求めることはないような気もします。李商隱の詩にも、唐王朝の衰亡をみつめたものであろうといった解釈もありますが、おそらく、李商隱は夕暮れになって心塞いだまま、この高台に登って、圧倒されるような美しい夕映えにひたすら身を任せるように、見入っただけだったのではないでしょうか。

 

学会の帰り、青竜寺遺跡にて。右の方は富山大学の大野教授。

学会の帰り、青竜寺遺跡にて。右の方は富山大学の大野教授。