尚絅学院大学

国際交流エッセイ リレーエッセイ

【国際交流リレーエッセイ 第32回】全盛時代のマツイを見た——大リーグ観戦記

2021/10/27

国際交流リレーエッセイ第32回目は本学国際交流センター長 長谷川公一先生です。長谷川先生はカリフォルニア大学バークレー校での在外研究やミネソタ大学客員教授など、世界30か国以上を訪問された豊富な国際経験をお持ちです。
今回はミネソタ時代の貴重な体験を綴ったエッセイをお届けします。

全盛時代のマツイを見た——大リーグ観戦記


全盛時代のマツイを見た

2021年は大谷翔平の大リーグでの活躍が光ったが、私は松井秀喜の全盛時代の2004年に、ミネソタ州ミネアポリスで彼のプレーを球場で生で見たことがある。ミネソタ大学客員教授として、8月から1月末まで、半年間滞在していたときのことだ。松井は当時、ヤンキース入団2年目、4番打者に定着、31本のホームランを打ち大活躍だった。このホームラン31本は、今年2021年に大谷の46本に破られるまで、16年間日本人大リーガーの年間最多本塁打だった。二刀流で注目されている大谷だが、バッターとしても、日本人選手では群を抜く成績だ。

私が観戦したのは、ニューヨーク・ヤンキース(東部地区1位)と、地元のミネソタ・ツインズ(中部地区1位)とのプレーオフ第4戦だった。試合は5対5の延長11回表ヤンキースが、ワイルドピッチから1点をあげ6対5で勝った。

大リーグを生で見たのは、このとき1度だけだ。強豪ヤンキースの4番打者松井を生で見ておきたいと思ったからだ。日頃お世話になっているジェフリー・ブロードベント教授をお礼の意味を兼ねてご招待した。

ツインズ側の席だったので、隣席の娘連れの父親に、「自分は日本人で、松井を応援しているんだ」とまず断りをいれた。「松井は昨日ホームランを打ったね、自分も 5分5分でどっちも応援するんだよ」との返事。アメリカの社交の精神はすごい。こうやって相手への気遣いを示すのだ。

 

ヤンキース対ツインズ戦

ヤンキース対ツインズ戦

マツイに大ブーイング

試合前に電光掲示板で相手方ヤンキースのトップ・バッターから選手紹介。いきなりブーイング。 4番松井にもブーイング。ヤンキース側のスターティング・メンバー全員にブーイング。高校野球や大学野球の応援みたいだ。続いて、地元ツインズ側の選手紹介、全員に熱い大喝采。中心打者3番トリイ・ハンターにはひときわ大きな拍手。

試合がはじまっても全くこの調子。ツインズびいきで大騒ぎ。三塁側のみならず、一塁側スタンドもだ。隣の 5分5分のはずのお父さんも、ブロードベント教授も大騒ぎ。ヤンキースが一塁ランナーに牽制球を送るだけで大ブーイング。ツインズの打者が3ボールとなったら、四球を期待して立ち上がる。ヤンキースの打者が2ストライクとなったら、三振を期待して立ち上がる。何でもない場面でも、やたらに総立ちで大騒ぎだ。

最初の得点は 1回ウラ、ツインズが犠牲フライで1点を先取。外野フライを取られたのに三塁走者が走って、どうして得点が入ったのとブロードベント教授。えっ、犠牲フライのルールも知らないの。彼はワン・バウンドで外野席に入ったら、二塁打になる(エンタイトル・ツーベース)ことも知らなかった。日本の男性だったら、ほとんど知ってるはずだが。

 

野球観戦という名のお祭り騒ぎ——観客のレベル

日本以上に、やたらにビールや飲み物、ポップコーンなどを売りに来る。どんどん売れる。試合開始から 1時間後の3回ともなると、攻守交代の間にトイレに立つ人がかなり出てくる。要するに、野球観戦はビールを飲みながら地元チームを応援するお祭り騒ぎの場なのだ。電光掲示板にも「騒げ(make noise)」とか「燃え上がれ(fire up)」とか大げさなサインが出る。日本のような鳴り物や手拍子はないが、応援のハンカチが振られる。


大味な試合運び

ツインズ側にヒット・エンド・ランの失敗と思われる盗塁のアウトが 1回あったが、サインプレーらしい攻撃は両チームを通じてそれだけだった。バントの構えも一度あったが、2ストライクになって途中で中止になった。日本のような小技はなし。指名打者制だから、ピッチャー交代の妙味にも乏しい。

試合は 7回までは1対5でツインズが押し気味だった。ところが8回表、この回から登板のツインズ三番手の投手の出来が悪く、3ランホームランなどでヤンキースが同点に追いつき、11回表、投手のワイルドピッチに乗じてヤンキースが勝ち越し点をあげるというあっけない幕切れだった。試合開始から約4時間20分、長時間に及ぶ接戦の割には、プレーオフにもかかわらずとても大味なゲームだった。

三塁側から見ると、左バッターボックスに立つ松井のホームはブレがなく堂々として美しかった。三振の打席はやや力みも感じられた。外野席の松井はたんたんとプレーしていた。外野に「MATSUI」を応援するボードなどもない。敵陣だからファンの声援もないし、声援に応えることもなかった。とくに日本人の応援もなかった。松井も特別扱いはされていなかった。大リーグは「外人助っ人」だらけだから、松井が日本人であることも、それほど意識されていないのである。

 

強烈な地元チームびいき

「ホームチーム・ロイヤリティ」や「ローカルチーム・ロイヤリティ」というのだそうだが、地元チームびいきの感情はとても強烈だ。実はこれが大リーグを支えてきた精神なのだ。前日の第 3戦、ツインズは4対8と大敗。地元紙スター・トリビューンの朝一面の見出しは、「見ちゃおれない(hard to watch)」だった。

大リーグこそ本場で、レベルが高いと思いがちだが、少なくとも試合運びの采配や観衆の応援のレベルは日本の方が一枚も二枚も上手、というのが私の印象だ。

細かいことにはこだわらずに、大らかに地元を愛す、ニューヨークっ子のように手厳しく細かな欠点をあげつらうのではなく地元のことは何でも nice という精神を Minnesota nice という。ミネソタでことさらに強いのかもしれないが、おそらくはニューヨークや首都ワシントンを含め、全米どこでも、素朴な地元びいきの感情の延長上に、素朴なアメリカびいきの精神があるのだろう。「よそもの」が集う移民の国だからこそ、地域の凝集性を高めるためにも地元びいきは演出され、ますます強められていくのだろう。

野球観戦にも、その社会の文化は濃厚に現れている。

 

ミネアポリス市

ミネアポリス市

長谷川 公一(国際交流センター長)