尚絅学院大学

人間心理学科 お知らせ

回想録:「日本人」研究者の使命とは? ~わが内なる「サンテーズ事件」~ [人間心理学科 太田]

2016/08/16

 Synthèse!(日本人の耳には「サンテーズ」と聞こえる)。遙か昔であるが、日本で開催されたフランスとの日仏コロークで優秀な日本人研究者の発表後、フランス人研究者が評価として発した言葉である。大学院生だった私は、その時、同時通訳のブースと発表者との間を使い走りでどたどた駆け回っていた。

 synthèse とは、英語でsynthesis、ドイツ語でSynthese、つまり哲学者ヘーゲルの弁証法で有名になった「ジンテーゼ」(合、止揚などと邦訳)のことである。つまり「「正」⇄「反」」→「合」の「合」の原語であり(ヘーゲル自身はこのような単純な図式では使用していなかったが)、そのフランス語版のsynthèseが日本人研究者に与えられた評価だったのだ。フランスの教育事情・社会事情を緻密に辿ってフランスの教育を論じた素晴らしい研究だと私自身も思い、日本人の研究仲間として誇らしい気持ちで、ほとんど「どや顔」気分だったように記憶している。そしてフランス人の研究者からのSynthèse!である。その後、フランス人研究者からの質問は何も出なかった。

 さて、このsynthèse、ヘーゲル哲学での意味とは全く違い、褒め言葉でも何でもない。オリジナルに欠ける平凡なまとめ、あるいは寄せ集め的程度の意味である。独創的で問題提起に満ちた刺激的な研究が輩出するフランスにあっては、物足りないちょっとさびしい言葉なのである。

 ではその日、錚々たる顔ぶれのフランス人研究者たちを唸らせた研究は何だったのか?それは全く意外だった。日本の小学校教師が発表した小学校における環境教育の実践報告だったのである。フランスにはこのような“環境というコンセプト”のもとできめ細やかで緻密な授業設計の下でなされた環境教育なんて存在したことがない!とどよめいているのである。早口のフランス語で連射砲のようにいろいろな質問が続いた。
 
 青天の霹靂であった。この日を境に自分自身の研究観が大きく変わり始めたのである。というか大きくぐらついたといった方が正しいであろう。どんなにフランス人と同じ研究をしていても、「日本人なのによくフランスのことをここまで知っているね」「努力して頑張りましたね」と褒めてくれるし、敬意も表してくれるだろう。しかし同じフランス人の研究仲間に対するのと同じような「評価」はしてもらえない。またフランス人の研究者がわざわざ日本にまで来て、自国フランスを模倣したような二番煎じの研究を知りたいとは思わない。知りたくて聞きたいのはフランスにはない日本独自の教育理論や実践なのである。そしてフランスに持ち帰ってより良い教育の実現に役立てたいのである。

 どの国の研究者であれ、自国の身近にある目の前にある教育問題や社会問題に対する然るべき「問題意識」「見識」を持たずして、他国の教育や社会をいくら勉強しても、得られるものは少ない。せいぜい旅行記、風土記、ルポルタージュに止まるであろう。まずは自国の諸問題への真摯な取り組みが必要なのである。

 このような観点からの教育学が学べる研究室を・・・と強く願い、思い切って別の大学院に移ったのは、他ならぬこの「サンテーズ事件」が引き金だったのである。

 とはいえ、そのような日本人のフランス研究の意義が損じられるわけでは全くなく、むしろ必要不可欠でさえある。また、自分自身それでフランスに関係する研究を止めてしまったわけではない。その別の大学院でもフランス畑の研究をする者は数少なく、結局「フランス屋」みたいな看板を立てざるをえず、何とそれが今に至ってしまったのである。しかしあの「サンテーズ事件」以来、自国の教育問題・社会問題をあくまでもベースにしたフランス研究にシフトしたのは間違いない。またそれによって「サンテーズ事件」の前には決して見えてこなかったであろう様々な問題が次々と見えるようになってきたことも事実である。

 自信をもって日本の教育問題を語り、解決策を本気で論じること、これが日本人研究者の使命であり、同時に日本以外の国々への一番のメッセージへと繋がっていくのだと思う。

文責:人間心理学科 教授 太田 健児

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