表現文化学科 お知らせ

【シリーズ】表現文化学科教員リレーエッセイ 第20回 千葉正樹

2016/12/23

アニメの中の地域 

 表現文化学科の学生は、入学早々、アニメ「となりのトトロ」に真剣に取り組むこととなる。必修科目、地域文化論の仮想フィールドワークだ。

 まずトトロの村の絵図、さつきとメイちゃんの家、学校、カンタの家の本家、おばあちゃんの畑、トトロの住む森、読み出さなくてはならない位置情報はたくさんある。ついでイエの家屋と家族、その仕事、生活文化の観察へとすすむ。カンタのイエでおばあちゃんはどこで昼寝をしていたのか。カンタ家の本家にはなぜ玄関があるのか。最後はオバケたちだ。ススワタリの発生条件を確認し、ネコバスの行き先表示を読み取り、トトロのフライング経路を探る。

 いま、私たちには「共通のムラ」がない。かつては都市の家族にもおとうさんやおかあさんのふるさとがあり、そこで、どこか共通したムラの体験を共有した。子供たちはムラを駆け巡り、ときにはしかられたり、ちょっぴりケガをしたりしながら、ムラの掟や地形、信仰に触れることができた。
 毎年入学してくる学生60名のうち、「となりのトトロ」を見たことがないという人はほとんどいない(今年初めてひとりだけいた)。なかには20回以上見たという学生もいる。それが私たちの「共通のムラ」となっている。

 トトロはむろん仮想の存在だ。だがフィクションが生き生きと動くためには、それを支えるリアリティが徹底的に構築され、描き込まれている必要がある。監督、宮崎駿の幼少時の経験と記憶、それをベースとした歴史学や民俗学、建築史学の深い知識が、「トトロのムラ」の地域のすみずみを支えている。だからメイちゃんは雨の日に転ばなくてはならなかったのだし、お地蔵様で雨宿りをしなくてはならなかった。それはなぜ?こたえは授業まで待って欲しいが、いえることは、あの映画の地域が徹底的なリアリティを持って描かれているからこそ、物語に破綻がなくなっているということだ。次の「となりのトトロ」は出てくるのか。

 今年、将来の地域分析に耐えうるであろう、二つのアニメ作品が登場した。ひとつは大ヒットした「君の名は。」だ。飛騨地方に設定された仮想のまち、糸守町の徹底的な描き込みには驚かされた。神社の奥宮はそこになければならないし、巨岩でなければならなかった。

 もぅひとつ、「君の名は。」に隠れてはいるけれども、じわじわと支持を広げている作品、「この世界の片隅に」がある。戦前・戦中の広島と呉の徹底的な調査にもとづいて、そこに生きた人々の日々の世界がよみがえる。

 アニメは生きている。クールジャパン現象は嘘くさいが、日本という場所に豊かな地域文化が継承されていく限り、アニメの花開く土は準備されている。日本は文化的にまだまだ豊かである。

 それはアニメに限らない。ラノベでも実写の映画でも、地域を知り、読み解き、深く再構築することで、主人公はいきいきと動き始めるだろう。そのお手伝いを少しでもできればいいな、と地域文化論担当の教員は考えている。