尚絅学院大学

臨床心理相談室(ティクヴァ)からのお知らせ

12月 ティクバ便り

2022/12/08

ハレの日


こんにちは。相談員の加藤です。

 

「ハレ」と「ケ」という言葉をご存じでしょうか。ハレは、儀式や祭りごとなど、普段とは違う特別な場や機会です。「晴れ着」や「晴れ姿」「晴れ舞台」などの言葉を思い浮かべていただくとわかりやすいかもしれません。そうした非日常に対して、ケは、普段の生活、つまり日常を意味します。現代ではハレとケの際立った差異が次第に薄れつつあると言われますが、それでも、私たちは日常の中に “特別の出来事”を経験するでしょう。

ハレの出来事が生活に彩りを与えてくれるかどうかは、その出来事がいかに大がかりで豪華かではなく、他者からどう見えるかでもありません。どんなにささやかであっても、その人にとってどれほど大事な意味を持つかによって、その人の日常は輝くことができる。そんなことを私に教えてくれたのは、ある親子の姿でした。

              

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Aさんは、長い髪を明るい金茶色に染めた、とても若いお母さんでした。お子さんのBちゃんはまだ幼く、日中はAさんがひとりで世話をしています。Bちゃんは発達障害があり、Aさんからの働きかけにも、思うような反応はなかなか返ってきません。私は、ある発達支援の場で、このAさん親子にお会いしました。Aさんはお子さんの様子について特に心配を訴えることはなく、困った顔はするものの、落ち着いて相手をしています。親子はとても“しっくり”していて、Aさんは、Bちゃんにとって他の誰にも代えられない大事なお母さんなのだなあと感じていました。

 秋の遠足がありました。いつもとは違って、バスで大きな野外公園に出かけます。お子さんとお母さんたち、そしてスタッフもみんな一緒に、その日は外でお弁当を食べることになっていました。

 遠足当日の朝、集合場所でAさんの姿を見て、私はちょっと驚いてしまいました。Aさんは、ミニスカートにヒールのロングブーツ、トップスにファーを巻いています。それは、野外で動きまわるために汚れても大丈夫な恰好をした私たちスタッフや他の母親たちとは違っていて、正直に言えば、“浮いて”いました。野外公園に行くのを知っていたはずなのに、どうしたんだろう? でも、Aさんはとっても嬉しそうなのです。いつも笑顔でBちゃんと接している方ですが、その日も、着ているものが汚れるのを気にするでもなく、Bちゃんを公園の大型遊具で遊ばせています。

 いよいよ、お昼になりました。参加した親子みんなでブルーシートにすわり、さあ、お弁当です。そこで開かれたAさんのお弁当。隣に座った私は思わず見入ってしまいました。それはそれは可愛い、子どもが喜びそうなものがいっぱい詰まったお弁当でした。2人分としては多めに思えるほどです。聞けば、その日の朝、Aさんはものすごく早起きして頑張って作ったのだそう。

私は朝からのもやもやが解けた気がしました。Bちゃんとの初めての遠足。この日は、Aさんのハレの日だったのではないか?!

けれどもBちゃんは、広げられたせっかくのお弁当にほとんど興味を向けませんでした。Aさんの気持ちを思うと、私は胸が苦しくなりました。でも、Aさんは、誰よりもBちゃんのことをわかっていて、ちょっと困ったような顔、そしていつもの笑顔です。

私は、遊具に向かって走り出したBちゃんの後を追いました。後ろからAさんもやってきます。そうだ、今日はAさんのハレの日。AさんとBちゃんがいっぱい楽しんでくれますように! 今日がAさんの特別の思い出になりますように!!