尚絅学院大学

人間心理学科 お知らせ

授業紹介:恋愛論で突っ走る原書文献講読(人間心理学科3年生必修科目)[人間心理 太田]

2016/09/14

 人間心理学科では3年次に前期・後期に亘って「原書文献講読」の授業がある。5名の人間学系教員(哲学・倫理学、神学・宗教学、教育学、社会思想)が、当該分野の古典、研究書・論文を真正面から扱って丹念に読み込んでいく授業である。今風に言えば、「ガチ」で?「ガッツリ」と?テキストと向き合って自分の力で読解していく授業なのである。当初は5人の教員全員が英語文献を学生に読ませていたのだが、学生があまりにも辛そうなので、そのうちの4人は日本語文献を扱うようになってきた。
 自分のこれまで扱った原典を振り返ってみると次のようなラインナップになる。
 (出版年、出版社略)
 Keith W.Prichard,Thomas H.Buxton,Concepts and Theories in Sociology of Education.
 Ivan Strenski,Durkheim and the Jews of France.
 Mara Hill,Brona:a memoire.
 Patch Adamus,Gesundheit!.
 J.デューイ(市村訳)『経験と教育』.
 A.ネグリ(杉村・信友共訳)『野生のアノマリー』.
 E.デュルケーム(宮島訳)『自殺論』.
 
 一体この人の専門は何だ?と言われること間違いなしのテキスト選定である。
 そして、ますます迷走?暴走?爆走?している感がある今年度のテキストは次のとおりである

 宮野真生子『なぜ、私たちは恋をして生きるのか―「出会いと」「恋愛」の近代精神史―』ナカニシヤ出版,2014年,全238頁.
 
 硬派そのもののような人間学系のテキストにしては、一見軟弱路線のようにみえるかもしれないが、その内容は全く逆である。「当てが外れた!」と叫ぶ学生も・・・。
 この本、明治期以降の思想界、文芸界で論じられた恋愛論を、九鬼周造(1888-1941,哲学者,京都学派)の著作『いきの構造』(1930年執筆)の理論を使って一つの系譜にまとめあげようとした若手女性研究者の野心作なのである。恋愛論とは名ばかりで??、九鬼周造以外にプラトン(Platon,B.C.427-B.C.347)、カント(Immanuel Kant,1724-1804)、シェリング(Friedrich Wilhelm Joseph von Schellig,1775-1854)、ベルクソン(Henri-Louis Bergson,1859-1941)、ハイデッガー(Martin Heidegger,1889-1976)、サルトル(Jean-Paul Sartre,1905-1980)、三木清(1897-1945)、思想家では倉田百三(1891-1943)、厨川白村(1880-1923)、文学者では北村透谷(1868-1894)、岩野抱鳴(1873-1920)、有島武郎(1878-1923)等の理論や作品が引き合いに出される。そう、恋愛は、古代から哲学の世界では堂々と真剣に論じられ、文芸畑では作品の“原料”そのものだったのだ。

 しかし、この本の核心は、「日本型ニヒリズムの超克」にある。「ニヒリズム」というキーワードは最近全く流行らないが、一昔前までは、思想界を左右する最重要キーワードであった。「ニヒリズム」とは「確たるものは何も無いとする立場」「虚無主義」などと訳されてきたが、学問上は「撥無主義」(=既存のものを無きものにして撥ねつける)と訳される(川原栄鋒『ニヒリズム』講談社)。「自分とは何者であるのか?」しかし「これだ!」という確信も得られず、悶々としたり、あれこれ藻掻いたりするものの、やっぱり「これだ!」という確信を得られない。今で言うところのアイデンティティの喪失とかアイデンティティが確立できないこと、終わらない自分探し…にニュアンスは近いであろう。こんなかたちで日本型ニヒリズムは悶々と??問い続けられてきたのだった。これは哲学上で追求される精緻なニヒリズム論ではないが、日本の一般的な論壇や文壇で議論されたニヒリズム論の典型であった。
 つまり、恋愛論を扱うこの本は、日本型ニヒリズムの超克の手段として恋愛が論じられていた当時の“思想模様”を描いているのである。
 さて恋愛によってニヒリズムは克服できたのか?その顛末は如何に・・・。

 授業では、キルケゴールやニーチェやハイデッガーの哲学も随時紹介しながら「日本型ニヒリズムの超克」模様とその限界、究極の「ニヒリズム論」とは何かを議論していく。前期は第4章「近代日本における「恋愛」の諸相(1)」を読了したので、今回は第5章「近代日本における「恋愛」の諸相(2)」を読んでいくことにしている。必要に応じて、川原栄鋒『ニヒリズム』(講談社)、その弟子である小柳美代子先生の『〈自己〉という謎~自己への問いとハイデッガーの「性起」~』(法政大学出版局)を読み加えていくつもりである。なお、川原栄峰先生は自分が学部時代のゼミの指導教授だったことを付言しておく。
 
文責: 人間心理学科 教授 太田 健児

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